3 がん治療による卵巣機能への影響
1)化学療法が卵巣機能に及ぼす影響
抗がん剤はがん細胞の増殖や成長を止めることで効果を発揮します。同時に、正常な細胞も障害を受けるため、脱毛や血球減少等が起こります。卵巣は、顆粒膜細胞が活発に細胞分裂をすることにより原始卵胞が成熟卵胞になります。抗がん剤はこの顆粒膜細胞に作用するため、結果的に卵胞数が減少します。また、顆粒膜細胞内に活性酵素を蓄積させ、細胞障害を起こす抗がん剤や、卵巣への血流減少や血管壁を破壊することで卵巣にダメージを与える抗がん剤もあります(図4)。
図4 抗がん剤による卵巣障害部位(文献14)15)を参考に作成)
このように、抗がん剤は、がんの増殖を止めるだけではなく、正常な卵巣へダメージを与えることで月経不順や無月経をきたし、月経が再開せずそのまま閉経となる可能性があります。しかし全ての抗がん剤が卵巣毒性をもたらすわけではなく、化学療法を受ける患者のすべてが卵巣機能障害をきたすわけではありません。
2)卵巣機能に影響を及ぼす抗がん剤の種類
乳がんに使用されるアルキル化薬のシクロホスファミドは、卵巣機能に障害が最も生じると報告されています。他にはシスプラチン、ドキソルビシン、ドセタキセル、パクリタキセルなども卵巣機能に影響を及ぼすと言われています。
妊孕性は加齢とともに低下していくため、化学療法による妊孕性の低下のリスクは年齢と使用する薬剤の双方を考慮することが必要です。
以下の図3に2013年度版のASCOのガイドライン13)より乳がん治療薬と卵巣機能への影響を抜粋し記載しました。
図5 卵巣機能に影響を及ぼす乳がんの抗がん薬(文献13)より抜粋し作成)
治療後、月経が再開し自然妊娠することもあれば、卵巣機能が回復せずそのまま閉経を迎えたり、月経が再開しても自然妊娠が困難となることもあります。
3)放射線治療
放射線は、細胞の増殖を抑制したり細胞死を促進することで、がん細胞の消滅や減少をもたらします。卵巣への放射線照射は、卵胞の細胞死、萎縮をもたらすことによって卵巣機能を低下させます。卵巣機能は年齢に依存することもあり、照射線量と卵巣機能障害発症の関係は年齢により異なります。乳がんの治療には、早期乳がんと再発高リスク患者に対して乳房への術後照射を行いますが、卵巣機能への直接的な影響はありません。
4)内分泌療法
閉経前ホルモン受容体陽性乳がん患者の術後補助療法として内分泌療法を行います。この標準治療薬はタモキシフェン(ノルバデックス®錠)で、治療期間が5~10年間と長期間内服します。タモキシフェンは、卵巣機能を抑制するため妊娠が不可能になるだけではなく、胎児への催奇形性のリスクがあり内服中と投与終了後2ヶ月は避妊期間をおくべきと言われています。更に治療期間が5~10年間と長期間にわたり、治療終了後の年齢から、自然妊娠や安全な出産が困難となる場合があります。
5)分子標的療法
分子標的薬は悪性細胞がもつ分子を標的にする薬剤の総称で、細胞制止薬とも言われ、副作用を抑えながら抗腫瘍効果を目指すものです。HER2陽性乳がんの場合、トラスツズマブ(ハーセプチン®)を1年間投与することが推奨されています。ASCO(米国腫瘍学会)の妊孕性温存ガイドラインによるとトラスツズマブの卵巣毒性に関しては不明とされています13)。トラスツズマブは羊水過少症や無羊水症との関連が示唆されるため、投与中の妊娠は勧められません。トラスツズマブ終了後7ヶ月までは避妊することが原則です2)18)。
6)乳がん治療と性腺機能への影響
乳がんの治療のうち、妊孕性に影響を及ぼすのは薬物療法です。乳がんの治療は臨床病期やリンパ節転移の有無など様々な状態により多岐にわたりますが、概ね共通する特徴は術前・術後補助療法が長期間を要することと、その期間に内分泌療法(ホルモン療法)や、卵巣機能への障害が強いシクロホスファミドを用いた化学療法など、妊孕性に影響する治療が行われることです16)。