事例 2
経過
①がん治療の経過
結婚式を済ませ新婚生活を始める直前に左乳がんと診断されました.左乳房温存手術+センチネルリンパ節生検を実施し,手術後に主治医より,病理検査結果ではリンパ節転移陰性であることとホルモン受容体陽性のため,術後5年間のホルモン治療の実施について説明を受けました.その際にホルモン治療を5年間継続することが推奨されましたが、途中で妊娠・出産を望む場合はホルモン治療を中断することになることが伝えられました.パートナーと共に挙児希望があったため,主治医と治療後の妊娠について相談しました.5年間のホルモン治療後の妊娠出産は,年齢的に妊孕性の低下や染色体異常などの確率が高くなるためホルモン治療前の胚(受精卵)凍結保存を提保存を提案され,専門病院への受診を勧められました.Bさんはがん治療病院を退院した翌日にパートナーと共に生殖医療専門病病院を受診しました.②妊孕性温存の経過
生殖医療専門病院での初診時,医師が妊孕性温存に関してのインフォームドコンセントを実施しました.胚(受精卵)凍結保存には体外受精が必要である事,乳がん患者に必要な医学的配慮のなされた体外受精の特徴やホルモン剤投与による乳がんへの影響,年齢による卵巣機能の低下と体外受精での生児獲得率,一般的な体外受精についてのリスクについて説明を受けました.また,妊孕性温存に専念できる時間は,がん治療が始まるまでの約1ヶ月間(月経1周期)のみであることも伝えられました.説明を全て聞いた後,Bさんは,「考えていた以上に大変なのですね.時間もない.今の正直な気持ちとしては,手術を受け昨日退院したばかりで,体外受精まで考えられない.乳がんの再発も怖いです」と医師に正直な気持ちを表出しました.同席していたパートナーは,「凍結ができたとしても妊娠できる可能性はそんなに低いのですね.できるだけたくさん可能性を残しておきたい」と,妊孕性温存を強く望んだ.その日の情報をふまえたうえで,妊孕性温存のために体外受精を望むのかどうか,2人で話し合ってもらうことになりました.初診から数日後
初診から数日後,パートナーのみ相談に来院しました.インターネットなどで体外受精について調べ,その結果「彼女が体外受精については絶対に嫌だと拒否していて….今日は僕が一人できました.僕は少しでも望みがあるなら胚の凍結を希望しています.がん治療先の先生も,もう少しがん治療を先に延ばすこともできると言っていました.彼女はインターネットの情報で体外受精はよくないとも思っているみたいです.がん治療も遅らせたくないと.知識がなく,急にいろいろな事を考えないといけなくなり,二人とも混乱しています」と話しました.パートナーから,Bさんが体外受精をすることに対して感じている不安や疑問について質問がありました.内容は,40歳代後半の妊娠率や,体外受精で障がいのある子どもが生まれる可能性,卵巣過剰刺激による影響などでした.パートナーはどうしても妊孕性温存を実施したいと希望し,医療者が話す内容を熱心に聞き,細かくメモを残していました.また,Bさんは自宅で「胚の凍結ができたとしても,ホルモン治療が終了する年齢を考えると,妊娠・出産し子どもが成人するまで育てあげられるか不安」とパートナーに話していました.それに対しパートナーはインターネットなどで様々な情報を得て,「それならば,海外での代理母もあるんですよね」と必死に医療者へ確認してきました.再度,医師や看護師から説明を受け,「今日の内容を彼女に伝えてもう一度話してみます.彼女に採卵,胚凍結を考えてもらいたい」と話し帰宅しました.
さらに数日後
数日後,妊孕性温存を希望するのかどうか,最終確認のため,二人揃って来院しました.まずBさんのみ看護師と面談を行いました.Bさんは「話し合いは繰り返ししていますが,意見は平行線のままです.パートナーはどうしても胚凍結を希望しているけれど,私は病気の事で頭がいっぱい.治療後の年齢を考えると,子どもを妊娠し育てる自信が全くない.本心ではないが,パートナーを納得させるために,子ども自体を望んでいないとも伝えました.それでもパートナーは納得しなくて….病気になってしまったことで,こんなふうに考えさせてしまっている.私ではない人と結婚していたらパートナーもこんな事で悩まなくても良かった.その責任が私にはあると思っています.なので,1回だけの約束でパートナーが納得してくれて,今日,受診しました」とゆっくりと静かに話しました.