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事例 1

アセスメント

乳がんの術前・術後化学療法の基本は多剤併用療法であり,術後に施行することで外科療法単独と比較して再発率,死亡率が減少し,また術前化学療法により乳房温存の可能性が上昇するとされています23).
 
乳がんの術前化学療法に使用される化学療法は,アントラサイクリン系薬剤とタキサン系薬剤の投与が標準であり,Aさんに対してもアントラサイクリン系薬剤を含むAC療法とタキサン系薬剤であるパクリタキセル療法を行うことが予定されています.AC療法はがんの治療法別卵巣機能不全リスクにおいて中等度の影響がある治療に挙げられており,治療後に永続的な無月経を起こすリスクがあります.
 
Aさんは40歳未満で発症した閉経前のホルモン受容体陽性乳がんで す.術後のホルモン治療としてタモキシフェン投与を行うことで,再発率,死亡率を減少されることが明らかになっており23),Aさんに対しても術後5年間のホルモン治療が予定されています.治療中の妊娠を避ける必要があるため,Aさんが5年間ホルモン治療を継続したとすると,妊娠は40歳を超えてからとなり,将来Aさんが妊娠し出産するという確率はさらに少なくなることが予測されます.
 
これらのことから,Aさんに,がん治療開始前に妊孕性温存療法を受けるかどうか考えてもらうため情報提供を行う必要がありますが,Aさんはがんの告知後「呆然と」していたことから,心理的衝撃で頭がいっぱいな状態と考えられます.また,診察においてがんの確定診断が伝えられ,非常に多くのがんや治療についての説明がなされていました.このような心理的ショックが強いがんの告知の時期には,治療後の挙児についての考えに及ばないケースもあり,心理的余裕がないことが予測されます.Aさんの乳がん治療は,妊孕性温存療法が行われたのち速やかに化学療法を開始するというスケジュールがたてられており,この時間の制約の中で、妊孕性温存療法を受けるか、決断しなければならないことに配慮し,Aさんとパートナーの思いや意向を確認し,整理を促しながら,意思決定をサポートしていく必要があると考えます.
 
治療開始時より早期閉経や生殖機能に関する治療の影響に関して カウンセリングを受け,納得のいく意思決定を行った場合,治療後のQOLが向上したという報告24)があることから,Aさんの心理状態に気を配り,妊孕性温存療法の専門科に早期につなげることを心がけます.
 
なお,女性がん患者に対する確立された妊孕性温存療法は,卵子または胚(受精卵)凍結保存ですが,未受精卵,胚(受精卵)ともに,保存するためには採卵が必要であり,自然月経周期もしくは排卵誘発剤を使用した採卵には2-5週ほど要します.妊孕性温存療法に伴う術前化学療法の開始遷延による予後への影響は,エビデンスがなく未知数ですが,術前化学療法を行う必要がある症例では再発リスクが高いことが多いため,速やかに術前化学療法を開始するよう勧められている24).このことから,患者が妊孕性温存について考える時間を費やすことができない現実があることを考えていかなくてはなりません.